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2月10日~11日 青年修養会

教団中部教区青年修養会に参加しました。
愛知県江南市すいとぴあ江南で、菊池 実 先生をお迎えして「あなたの名を呼ぶ神」(イザヤ43:1)というテーマでした。

今年度・来年度、地区青年会のメンバーになったわたし。
おかげさまで他の教会の牧師先生方・教会員さんとの出会いが増えました(*^。^*)

洗礼受けてまだ2年。自分の教会のことがちょっとわかり始めたばかりで、他の教会のことを知る機会がありませんでしたが、地区青年会に加えてもらって、他の情報が入ってくるようになったと思います。
今回も、「う~ん・・・一泊二日かぁ・・・」と、躊躇していましたが、参加しました

10日。
午後6時。
翠江亭
10日は受付を済ませたら宿泊施設内のレストラン「翠江亭」で夕食

夕食
おおっすごい量
いえいえ、これでは終わりません! 
この後、鮭とお蕎麦とデザートが来ましたよ

鮭
鮭の身がやわらかい

デザート
いちご

その後早乙女先生の説教による「開会礼拝」。
マタイ1:19の「夫ヨセフは正しい人であったので・・・」から、神にとっての正義について考えさせられる説教でした。

「おはなし①」では菊池先生の話が1時間以上にわたって聞けました。
菊池先生はエルサレム大学院修了。旧約聖書歴史学の専門家です。
旧約聖書って長いし、登場人物多くて、なんかわかりにくい・・・

しかしユダヤ人、ヘブライズムにおける言葉とは、名前を呼ぶこととは、といったことを通して、神との個人的な関係について考えました。

「なぜ人を殺してはならないか?」ということも話に上りました。
「自分が殺されたら嫌だから他の人を殺すのはやめよう」といったことが言われていますが、聖書の世界においては、神が我々を造ったということから、自分の命の主権者は自分ではなく神である、神だけが生命を左右することができるとのことです。
神があなたの名を呼んでいる、つまり、神自身があなたを必要としているということです。

おはなしの後には質問をする時間があり、かなり勉強になった時間でした。

そして解散。しかしこれで、はいさようなら、にはなりません
約10名の男性(内、若者は3名だけ)に囲まれたわたしで、いろいろくだらない()話をしました。
でもなぜか人生について学ばされましたよ
午前2時半に就寝。

部屋はハネムーンのように大きかった。
瀬戸永泉教会の伝道師小椋先生と一日ルームメイトです
小椋先生とのハネムーンもいいかな。
先生はすでに10時半に就寝で、明日の早天礼拝に備えておられました。
見習いたいものです。

11日。
7時ちょっと前に起きて、シャワーしようと計画していました。
しかし小椋先生がお化粧のため、バスルームを占領。
とりあえずシャワーをあきらめ、早天礼拝ぎりぎりまで寝ていようとしました。
7時15分、小椋先生に「奏楽やってね」と言われ、起こされました。
寝たふりして奏楽忘れたことにするわけにはいかず。あたりまえか

早天礼拝の後、「翠江亭」で朝食。

その後、おはなし②へ。
荒野で神に祈り仕えた人々。アブラハム、モーセ、ダビデ、エリヤ、エリシャ、エレミヤ、アモス、イエス、バプテスマのヨハネ、パウロ。

荒野は単に荒れている土地という意味だけではなく、人里離れた場所という意味もあるそうな。
都会で時間に追われて生活する私たちですが、安息日を守って荒野(静かな場所)で神と交わることを忘れていませんか?ってことですね。
MDBR(荒野)という言葉に、DBR(言葉)とDBR(至聖所・神の臨在の場所)という意味が含まれているのはそういうことなんかな?

聖なる神と穢れのわたしたち。その間の溝が深いが、イエス・キリストがいけにえとなってくれた話。
ユダヤ人たちの羊のいけにえの儀式の写真は印象的でした。
血を流した羊のとなりで、罪のけがれが清められたことを喜ぶ人々。
羊をいけにえとし、木にかけ、焼いて食べるサマリア人の写真を見ました。

しかしキリスト教信者においてはイエスがいけにえとなったので、その一回の捧げもので十分のようです。

マルコ5:41ではイエスは死んでいることもの手を取ります。
当時はしたいというのは最もけがれたものでした。死とは、神から最も遠いもの。つまり罪。
それに触れるということはその人もけがれてしまうということで、死体には触れてはいけなかったそうです。
祭司は家族のお葬式にも行けなかったそうな。
でもイエスは死体に触れました。彼だけが死(最大の穢れ、罪)から命を与え清めたんですね。

それにしてもなぜ生贄は羊でないといけなかったのか?
それは羊というのはペットのような、愛されている存在だそうで、その一番惜しい動物、愛するものだからだそうです。
イエスも神の愛する独り子でしたね。

そして木に架けられ(十字架)、焼いて食べられました。(最後の晩餐の「取って食べなさい」と思いだします。)

不思議なことに、羊は殺されるとき、抵抗はしないそうです。豚さんなんかは死ぬのを悟ってぶひぶひ叫ぶそうです。
イエス・キリストも、黙って死んでいきました。

まさしく神の子羊ですね。

イザヤ43:1の「あなたはわたしのもの」Lee Attahにはふたつの意味があるそうです。
①わたしのものだ あなたは
②わたしのためだ あなたは

神のために生きていく、神によって生かされていると解釈できます。

くぎ
イエスを十字架にかけたくぎのレプリカ。左は聖書。
くぎはかなり重かったですこんなの手首や足に打たれたらと想像するとつらいですね

その後は熱田教会の小林牧師のギターによる賛美です♪ ギターがあればどこでも賛美ができていいですね。

昼食
昼食のお弁当

お腹にも頭・心にも栄養の行き届いた修養会でした
感謝

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