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奏楽者はだれが育てる?

日本の教会奏楽者(教会オルガニスト)を取り巻く環境はまだ充分とは言えず、音大出身のオルガニストが食べていけるような環境ではありません。

わたしがオルガン留学のために住んでいたスイスでは州の力が強い国だったので、州によってオルガニストの礼拝報酬の規定も違っていました。
チューリヒはオルガニストの給料が良かったですが、ある隣の州に出張オルガニストした時もお給料沢山でした。日本では考えられない金額。
一方ある州ではお給料がほとんどもらえないようなところもありますが、オルガニストの地位が認められているところが多いので、礼拝奏楽で食べていけなくてもできるだけ演奏会やオルガン教室を開かせてくれるなどして、なんとか他の方法でオルガニストにお金が渡るような方法が考えられるような環境であるように思います。
また、クリスマスやイースターには信者じゃない音大の学生も、オーボエやトランペットで一緒に教会の礼拝で演奏できました。
音楽があふれていて楽しかったです

日本では音大オルガン科出身者にはまだまだ残念なことが多いです。
教会にお金がないから、という理由で奏楽者にお金が出ないのならば仕方がありません。
でもそれ以前の問題として、礼拝奏楽が特殊な奉仕だということを理解していただくのは難しく、そのためオルガニストが礼拝奏楽でお金をもらうのが本来ならば当然であるという意識が全くない教会が多いということです。
直接礼拝に関わる奉仕である奏楽に、どんなに音大オルガン科卒業の奏楽者が自分の専門知識・技術を費やしても、お金がもらえません。というか、場合によってはむしろお金をもらうのはおかしい、くらいに思われています。
牧師は神学校を出て自分の専門知識・技術を礼拝に注げばお給料がもらえます。金額の高低はありますが、とりあえずお金がもらえるというのが前提になっています。
牧師も音大オルガン科卒業奏楽者も、それぞれの専門の学校を出ており、礼拝に直接かかわる作業をしているのですが、一方はお給料がもらえて当然、一方はもらえなくて当然になっています。

さっきも書きましたように、問題なのは「教会が奏楽者に1円もお給料を出せない環境」ではなく「奏楽は技術習得の為に時間とお金のかかる特別な奉仕である」という「みんなの意識が足りない」ことです。

日本のあるオルガニストMさんとお話しした時のこと。
Mさんは音大オルガン科出の礼拝奏楽者。
もう私の母の年齢に近い方です。わたしが生きている年数以上に奏楽をしてきた方です。
音大オルガン科出の奏楽者が声を大にしては言わないが、仲間内で集まるとちょっとは本音が出る。
どんな本音かというと、「『教会の信者は奏楽者を育てる気がどのくらいあるのだろうか?』と疑わざるを得ない」という本音です。
・・・といっても悪口のつもりはないのですが
オルガンがある程度弾けるようになるまでは時間もお金もかかります。
レッスンに行ったり楽譜(一冊¥5,000くらいする輸入楽譜)もいくつも買うし。
そこを牧師先生も信者の方たちも分かってほしい、というだけのことなんです

音大オルガン科卒業ではない奏楽者のことにも触れたいと思います。
日本の教会では音大オルガン科出身のオルガニストがいるのは珍しく、主婦業や会社員など、普段はほかの仕事をしていらっしゃる方が教会で奏楽をしていることが多いので、プロのオルガニストのようにオルガンに専念できる環境ではありません。
(プロのオルガニストも、教会ではお金がもらえないので、他の仕事につかねばならないことも多く、オルガンに本当に専念できるかと言えばそうではないことも多いです。)
そんな中で頑張って練習時間を見つけて奏楽奉仕をしているんです。
奏楽者たちが自分の教会で開かれるオルガンレッスンで勉強していても、教会にお金が無くなれば削られる予算はオルガンレッスンから、ということもよくあります。
レッスンを受けた成果がすぐに表れるものでもないので、「受けても上達していないね」と、まわりの理解を得るのが難しいかもしれません。
オルガンレッスンはぜいたくと思われているのかも知れません。
または、オルガンを弾くのは、その奏楽者が子どものころからピアノを好きで弾いていたことの延長線上で、個人の趣味だ、くらいにしか思われていないからも知れません。

それならと個人でレッスンに行こうと思ったら、金銭的な負担を奏楽者一人にかけてしまうことにもなります。
したがってお金のある人しかレッスン受けられなかったりします。
オルガン弾く人が他にいないからという理由で仕方なく(やる気なく)奉仕している人も実際にはいて、そういう人はレッスンには自分で進んで来ようとはしませんので、レッスンのきっかけ作りだけでも教会でやってあげてほしいです。
そしてレッスン代の何割かでも教会が負担してくれるとありがたいのですが。みんなの礼拝のための準備ですし
教会によっては牧師の給料の中に「書籍代」という項目もありますが、奏楽者は楽譜代は教会からもらえませんね。

で、さっきの話に出たMさんの教会では、奏楽者に日ごろの感謝の思いを表そうと、クリスマスに楽譜を送ろうという話が出たんだそうです。
でもお掃除の奉仕をしているおばちゃんが「わたしだって奉仕しているのになんで奏楽者だけモノがもらえるの」と怒っちゃったそうで、ナシになったそうです。
う~~ん・・・
でもMさんは音大出のオルガニストだし、何もないのも~・・・
お掃除の奉仕と比べて価値があるとかないとかいうことではなく、奏楽は先生のもとで習って・・・と種類の違う奉仕。
それにお掃除はその場に行ってその時間お掃除するだけ。
でも礼拝奏楽は礼拝にいきなり行ってその時間弾く、というのではなく、みんなの見えないところでたくさん練習しています。
奉仕に優劣をつける気はMさんには全くないけど、オルガンの為に時間もお金もかかったのはわかってほしいと言っていました。

奏楽は資格制度が確立されていないにもかかわらず、技術と長期間の訓練を要する奉仕ですので誰にでもすぐに担えるものではありません。

こういうのをわかっていただくのが難しいんですよね・・・
プロのオルガニストが陰でどのくらいの年数、どれだけ勉強したか、時間をかけたか、同業者じゃないとなかなか想像つかない。

かと言って自由に演奏会をさせてくれる教会もまだなかなかないですからプロのオルガニストは教会でおこづかいも稼げません・・・

礼拝堂は礼拝以外に使ってはいけませんとおっしゃるご年配信者もいます。
だからオルガンレッスンには礼拝堂を使ってはいけませんということですね。

せっかくオルガンを習いたい、練習をしたいと思って未信者が教会に問い合わせても、応対する役員さんが「礼拝音楽しか弾いちゃいけません」と言ったり、「礼拝に来るならオルガンを練習させてあげる」と交換条件を付けたりして、未信者が「じゃあ来ません」となったり。教会に一歩足を踏み入れるまでの敷居が高い・・・
(ちなみにこの役員さん、オルガン音楽について知らない人なので、礼拝音楽と言っても何が礼拝音楽かわからない人です。)
キリスト教のキの字にも触れたことのない人がいきなり礼拝のために教会来るのって、クリスチャンが思っている以上に敷居が高いので、無条件でオルガンの練習に来てもらうってのは、ゆくゆくは教会にとってもすごいメリットがあると思うんですが。

よく見てみると、教会以外の場所でバッハなどの教会音楽を楽しんでいる、レベルの高い団体も多いのですが、教会内ではなくて教会外で教会音楽が盛んだというのは矛盾を感じます。
教会内では讃美歌を止まり止まり弾くようなレベルの奏楽もあるくらいなのに・・・
(もちろん素晴らしい奏楽をされる方も多いですが。)
やはり我々信者がもっと教会を開放できたらなあと思います

牧師先生は神学校で勉強をして卒業して、牧師になって礼拝堂で説教をしてお給料をもらっているわけですが、
音大で勉強して卒業してオルガニストになって礼拝でオルガンを弾いてもお給料がもらえません。
牧師先生の説教は「奉仕」と言われることもありますがそこにお給料が発生しています。
オルガニストは同じように「奉仕」と言われますがお給料は発生していません。
でもそんな中で頑張っています。

(Mさんがこういう話を自分の教会でしたときに「奏楽者のくせに牧師と肩を並べるつもりなのか」と言ってくる人がいたそうです。)

最初の一歩として、せめて音大出身のオルガニストの地位が確立されて、音楽に関してもっと自由に教会を使えるようにしてほしいものです。
せっかく教会の中で音楽の賜物のある人が与えられているなら、その芽をつぶさないように周りの人も助けてくださるとありがたいです。
さらには信仰がなくてもキリスト教音楽に興味を持ってオルガンを練習したい人にも教会を開放してあげてほしいです。
音楽がきっかけで教会に出入りするようになってクリスチャンになった人もたくさんいるわけで、いろんな切り口があるはずです。

多くの教会は、信者が増えないと心配しているのに、自分たちが門戸を閉ざしていることに気づいていないんですね。
最初から信仰を求めて、クリスチャンになるつもりの未信者しか来てはいけないんでしょうか?
そんなわけはないですよね。

音楽って神様から与えられたものなので(キリストが讃美の歌を歌ったくらい、キリスト教にとって讃美の音楽が大事ですね)、その奏楽者が奏楽準備に没頭できるような環境づくりにご協力くださると助かります。

COMMENTS

No title

今頃のコメントですが、まったく同感です。
日本の教会はオルガニストへの理解が少ないですよね・・・・
それに、友人が言っていたのですが、オルガンの演奏会って、「無料」というものが多いと。もちろん、何らかのギャラはあるかもしれませんが、ギャラなしも多いですよね。
日本でオルガニストで生計を立てられるのは、ごくわずかな人だけだと思っています。

Ceciliaさんへ

Ceciliaさん、お久しぶりですv-259
コメントありがとうございます、うれしいですv-221

> 今頃のコメントですが、まったく同感です。

ありがとうございますv-272

> 日本の教会はオルガニストへの理解が少ないですよね・・・・
> それに、友人が言っていたのですが、オルガンの演奏会って、「無料」というものが多いと。もちろん、何らかのギャラはあるかもしれませんが、ギャラなしも多いですよね。
> 日本でオルガニストで生計を立てられるのは、ごくわずかな人だけだと思っています。

キリスト教にとって音楽は本来大きなウェイトを占めるわけですが、現状では・・・「v-362」なことが多いですね。
それぞれの教会が税金などの安定した収入で成り立っていないからオルガニストが演奏会をしてもギャラを発生させることができないというのはよくわかりますが、やり方によってはむしろ自立した教会を目指すこと、教会音楽の盛んにしていくこと(そしてオルガニストが演奏会をしてたとえ少ない額でも収入を得ること)は両立できるのではないかと思います。

留学先のスイスでよく見かけた光景ですが、最初から決まった額の入場料を払って開催される演奏会もあれば、演奏会後に、教会での演奏会維持のために、出入り口で献金を募る形の演奏会がありました。
献金という形なら、お金がない人もお金のある人も、出せる範囲でお願いできるので、負担になりにくいと思いますし、その中からオルガニストへの謝礼なども払っていけると思います。
完全にオルガニスト側の持ち出しでは、教会音楽の継承は難しいでしょう。

私は日本のある教会の人たちが「教会でお金儲けをしてはいけない」と言っているのを耳にしたことがありますが、お金儲けは悪いことでしょうか。お金は決して汚いものではありませんし、生活にとってむしろ必要なものです。
お金におぼれるならお金は悪いものになりえますが、本来の正しい道で使えばよいだけの話です。

オルガニストへの演奏会謝礼は多額である必要はないと思いますが、一つの演奏会の為に何か月も準備したことや、会場でのリハーサルと本番に費やした交通費などを考えるなら、何でもかんでも「教会でお金儲けをしてはいけない」という考えに当てはめることができないと思います。

Ceciliaさんがおっしゃるように、奏楽者・オルガニストへの理解が少ないのは残念です。

幸いなことに、Ceciliaさんはじめ、プロのオルガニストの方もそうですが、音楽の専門家ではないが奏楽に長く携わっている方から「同感です」というコメントをいただくことが多いです。
どうか奏楽者たちがそれぞれの教会で、ご理解をいただける状況になるよう、一人一人が声を上げていけるようになったらと思います。

どうぞこれからもご意見お聞かせ願います。

No title

うちの教会ですが、聖堂を使ってコンサートをするときに入場料をとっては行けないという決まりがあります。
「なぜ?」
と思った私が聞いたところ、やはり
「教会でお金儲けをしては行けない」
というのです。
別お金を儲けるわけではないのにね。
礼拝やミサのために準備をする時間って大きいですよね。まして、日本のように、他に本業があって奉仕をするのは、準備の時間をつくることにもエネルギーを使います。
講習に行けばお金もかかるし、楽譜も高い・・・・
教会の人は、こういうことが全く分かっていないことが多いです。

結局は中止となってしまいましたがうちの聖堂で、ある団体が入場料をとる演奏会をすることが決まっていました。
「ここはお金をとる演奏会はできないのに、なぜ、この団体はできるのか」
と聞いたら
「演奏曲目に司祭の好きな曲があったから許可したらしい」
って・・・・これには呆れました(・・;)
もうどうしましょ~って感じです(汗)

日本はまだまだです。そしてドイツやスイスのようにもならないと思います。それでも少しずつでも教会音楽が広まってくれればよいと思います。

Ceciliaさんへ

Ceciliaさん、コメントありがとうございますv-10

> うちの教会ですが、聖堂を使ってコンサートをするときに入場料をとっては行けないという決まりがあります。
> 「なぜ?」
> と思った私が聞いたところ、やはり
> 「教会でお金儲けをしては行けない」
> というのです。
> 別お金を儲けるわけではないのにね。
> 礼拝やミサのために準備をする時間って大きいですよね。まして、日本のように、他に本業があって奉仕をするのは、準備の時間をつくることにもエネルギーを使います。
> 講習に行けばお金もかかるし、楽譜も高い・・・・
> 教会の人は、こういうことが全く分かっていないことが多いです。

とても残念ですv-12
しかしこういった話はいろんなところで聞きます。

「教会でのお金儲け?」というテーマで意見を発信する必要性は以前から感じておりましたので、また改めて書かせていただきたいと思います。
これからもご意見お願い致します。

> 「演奏曲目に司祭の好きな曲があったから許可したらしい」
> って・・・・これには呆れました(・・;)
> もうどうしましょ~って感じです(汗)

(苦笑)
教会内のほかのいくつかのことでもそうですが、聖書に書かれていないこと、キリスト教国のヨーロッパではそんなに起こらないことが日本の教会で起こることがあるようです。

演奏曲目に司祭の好きな曲が、というのも結局は聖書を土台とした意見ではないわけで、そんなことが理由でオルガニストがのびのびと活動できないのです。
教会関係者の多くは、聖書に書かれてあることに忠実に生きていきたいとお考えの方もいらっしゃいますが、現実に起こっている問題のいくつかは、キリスト教とは関係なく、日本の伝統的な習慣・考えに基づいているだけのことがあります。
日本の伝統が悪いとは言いませんし素晴しい部分があります。
問題は、キリスト教では言っていないことをさもキリスト教ではそう言っているとして、キリスト教的ではない習慣と混合して考えてしまうことだと思います。

勇気

このブログを読んで、本当に同感し、勇気が出ました。くじけず、日本の間違った”キリスト教”や”愛”という名の下での、奏楽者の犠牲をなくし、地位向上のために、私も活躍しようと思いました。載せてくださって、本当にありがとうございました。本当に、教会や牧師側から、真剣に教会、礼拝と奏楽というものの根本的な考えを変えてもらいたいと思います。いや、わたしたちで変えていきましょう!

Re: 勇気

Lukaさん

ブログをご覧くださり、本当にありがとうございます。

わたしが「礼拝奏楽あれこれ」で書いているようなことは、ある意味日本の多くの教会の悪口的なモノだと捉えられても仕方のない部分です。
それでもみなさんに奏楽者のことを知ってもらいたくて、このように現状を書いています。
Lukaさんをはじめ、他の奏楽関係者からもコメントを貰うことがあり、わたしも大変勇気づけられています。
ありがとうございますv-218

みなさんとの意見交換を通して、多くの奏楽者が現状に苦しみや疑問を覚えていることがわかっただけでも「わたしだけじゃないんだ!」と気持ちが少し落ち着けるかもしれません。

おっしゃるように、奏楽者は犠牲・持ち出しが多いです。
でもこの現状につぶされないように、教会音楽は神様から与えられた喜びであるという原点を忘れないようにしたいものです。奏楽者がつぶれてしまってはおしまいです。
お互いに頑張りましょうねv-220

Lukaさんのご活躍お祈りします。

No title

はじめまして。
オルガンを習おうと思っているものですが、よい意味でいま現実を知りありがたく思っております。
教会ではあまり奏楽に関心を寄せるという出席者もいないかもしれませんが、大切な構成の一部であり、たまにあきらかにおざなりに弾いている(間違っているとかうまい下手という意味ではなく、心理的に)のを目にしますと、私としては大変悲しい気持ちになります。でも物事には原因があって、いろいろな事情があるのではないかと感じました。書いてくださってありがとうございます。

Re:

Kazさん

コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、奏楽は礼拝の大切な構成の一部です。音楽はキリスト教にとってそういうものなんです。
聖書に詩編があったり、キリスト自身が歌を歌ったりしていますね。
おざなりに弾いている奏楽者を見かけることもありますね。それはKazさんがおっしゃる通り、上手い下手とはまた違う問題と思います。

>いろいろな事情があるのではないかと感じました。

そのようです。
ヨーロッパで専門の教育機関を卒業した人たちがオルガンを弾くということは(地方では人手不足で専門家でない人が奏楽に当たることもありますが)、当然自発的にオルガンを勉強した人たちだと言えるわけですから一定のレベル以上であるといえます。
しかし日本では人手不足で、やる気のない人も奏楽に当たらなければならないので、練習不足な人がいたり、やる気のない人がいるのは当然と言えると思います。
一番困るのは、奏楽のことを誠実にとらえていないのに、自分は弾けると過信して、自分の力以上の曲を弾こうとして適当な演奏(間違いだらけ・弾き直し)をしてしまう人でしょうか・・・

No title

こんにちは、はじめまして。
この投稿で、実は初めて奏楽者ってもっとお金をもらって良い奉仕なんだ と知りました。
月に1回のオルガン奉仕で年末に一年分として、数千円頂いてます。
これが多いか少ないか分かりませんが、確かにオルガン奉仕というのはお金がかかります。練習に費やす時間、楽譜購入代、技術を向上させようと思えばレッスン代、交通費などなど。他の奉仕も時間や労力というのはかかるので、一緒と考えるのが普通なのかな と思っていました。
教会の経済状況が良いとは決していえないので、楽譜にかかる費用などは献金だと思うしかないのかなと。

でも、レッスン代や楽譜代など少し援助をもらえるように、お願いするのもありかなと思いました。(音大出身者でもないし、独学で習得したので上達したら、ですが)
貴重な内容の投稿、ありがとうございました。

Re: No title

しずくさん
コメントありがとうございます。
奏楽を専門職と考えるかどうか、と言うところで、お金をもらってよいかどうかの意見が分かれるかなと思います。
わたしは奏楽は牧師と同じように専門職だと思っているので、牧師と同じでお金をもらってよいと考えています。
しかし奏楽者の中には意見が異なる人もいます。
お金をもらってはプレッシャーになって弾けないわ、という人も。
そういう人は、ピアノの経験が趣味程度にあるから奏楽者になった人に多いように思います。
こう言っては申し訳ないけれど、そう言っている人は自分の技術に関して甘えがあるのです。
お金もらっていないからこの程度で許してね、ということです。
音大でピアノ科やオルガン科を出た人は、そういう人に比べると比較的、奏楽を専門職ととらえる傾向にあるように思っています。
ただし、鍵盤楽器の専門機関で勉強しなかった人でも、奏楽を一定期間でも打ち込んだことのある人は、奏楽をただの奉仕と言うよりは専門職であると気づくことが多いようです。
信仰があるからお給料をもらわないのだ、というのは違うと思います。
信仰とお給料は関係ありません。
この辺は奏楽者自身も信徒も牧師も、混同しやすい部分です。
もしお金をもらわないことが信仰の強さを表すなら、牧師も無給で働く制度にすれば良いのです。
牧師は「特別だから」お金をもらってよいのか?
わたしはそうは思いません。
牧師は専門職だからお給料がもらえるのであって、奏楽も専門職ならばお給料が出るはずです。
教会が貧しくてお金が奏楽者に払えないのは別問題で仕方がないです。
しずくさんもぜひ奏楽がいかに専門的な知識と技術を必要とする仕事であるか実感していただいて、教会と話し合うことができるようにと祈っています。
ありがとうございました。

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