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コルネット&オルガン演奏会 @改革派犬山教会・名古屋教会・春日井教会

2019年8月
17日(土)14時~ 日本キリスト改革派 犬山教会
18日(日)17~18時 日本キリスト改革派 名古屋教会
25日(日)15~16時30分 日本キリスト改革派 春日井教会


コルネット レナート・バヤルド
オルガン 加藤千加子



ジョバンニ・ガブリエリ作曲「カンツォーナ第二巻」
ジョバンニ ・バッティスタ・リッチョ作曲 「リコーダーとコルネットのためのカンツォーナ」


入場無料

古楽器 コルネット とは・・・
ルネサンス期に多く用いられた管楽器。別名ツィンク。近代金管楽器のコルネット と同じ語源を持つが、異なる楽器。金管楽器のようにリップリードで音を出すが、 木管楽器のように管上に空けられた孔を押さえて音階を表現する

レナート・バヤルド
1994 年にジェノヴァの「ニコロ・パガニーニ音楽学校」でトランペットを学び卒業。 トランペットでは、ミラノのスカラ座、パルマ王立歌劇場、スイスラジオのオーケス トラ(ルガーノ)など名門オーケストラとの演奏経験を持っている。 2004 年にはニクラス・エクルンド氏とバロックトランペットの研究を始める。 2007 年にコンセルバトーリオ ニコロ・パガニーニ音楽院をバロックトランペット についての卒業論文にて卒業。バロックトランペットでは、オーケストラをはじめ古 楽を専門に演奏・演出する小グループと協力して活動している。 オルガン奏者ロドルフォ・ベラッティとのデュオでイタリア国内外、数多くのコンサ ートをこなしている。 ルネサンス音楽への強い情熱より、古楽器コルネットを学ぶ。
レナート・バヤルド

犬山教会HPhttp://www.mmjp.or.jp/inuyama-church/
名古屋教会HPhttps://www.rcj.gr.jp/nagoya/
春日井教会HPhttp://rcj-kasugai.jp/

2019年5月19日(日)バロックヴァイオリン&オルガンコンサート@改革派名古屋教会

2019年5月19日(日)14~15時(13時30分開場)

日本キリスト改革派名古屋教会でバロックヴァイオリンとオルガンコンサートがあります。

曲はJ.S.バッハが敬愛した、ディートリヒ・ブクステフーデの曲を中心に・・・


入場無料です。(演奏会のための任意の寄付をお願いしております。)
ぜひお越しください。

日本キリスト改革派名古屋教会
https://www.rcj.gr.jp/nagoya/
名古屋市西区浄心本通り 3-37-1
事前のお問い合わせはこのブログからメールでお願い致します。

チラシ
2019年5月19日

礼拝と音楽 2019年WINTER No.180

2019年冬号の礼拝と音楽は聖霊がテーマです。
エッセイ「奏楽の中に聖霊が働かれる」を書かせていただきました。
ノンクリスチャンだったころからキリスト教主義学校や教会での奏楽を通して信仰を持つようになったこと、キリスト教の楽器であるオルガンを弾くうちに、自分が信じていない神を表現する音楽を一生懸命練習する意味などを考えるうちに信仰を持つようになったこと、そのほかについても書かせていただきました。
ご覧いただけますと幸いです。

◆ペルソナ(一つの位格)としての聖霊
 ──私の内なる他者とともに生きるよろこび……阿部仲麻呂
◆礼拝における聖霊の働き──聖公会『祈祷書』の視点から……宮﨑 光
◆聖霊を歌う賛美歌……荒瀬牧彦
◆古代における聖霊 東方正教会……大森正樹、西方教会……小高 毅
◆ウェスレーと聖霊──神より生まれて……藤本 満
◆ペンテコステ派と聖霊……鈴木正和
◆《エッセイ》奏楽の中に聖霊が働かれる……加藤千加子

礼拝と音楽 2019年1月号

「失敗していつも凹みます」という相談

先日、他教会の奏楽者の方々とお話をする機会がありまして、彼女たちは「自分なりにちゃんと準備手相学に臨むんだけど、いつも失敗して、かなりへこむ」とおっしゃっていました。
緊張もする、と。
その時は「緊張するということに意識を向けるんじゃなくて、神様への讃美をリードする役割を頂いている恵に集中するように」とお伝えしました。
演奏家の多くも、自信をもって弾いているように見えて、ひどい緊張に悩まされている人も多いそうです。
わたしは金城学院大学でパイプオルガンを習い始めましたが、当時、学内の年一回しかない演奏会で、一曲か二曲しか弾かないのに、ずいぶん緊張していたのを思い出します。弾いている最中は、自分が何を弾いているのか、どうなっているのかもよくわからないくらいに緊張していましたね。
その後音大に進みましたが、スイスのいろんな教会での礼拝奏楽や学内外の演奏会で何度も何度も弾くうちに、やっと少しずつ緊張から離れることができました。これはいわゆる「場数を踏めば・・・」ということですね。
でも、試験みたいに、その後にもたらされる結果が重大であるような演奏会では一週間前からそれなりに緊張していました。
ひどく緊張したのは、ピアノの演奏会と、最後のディプロム試験です。オルガンのコンサートディプロム(修士課程)のための試験では、二回、それぞれ1時間のプログラムを組んで演奏します。二回目の演奏会では一般のお客さんも教会に聞きに来ます。
ピアノのレアディプロム(学士課程)では一般のお客さんも聞きに来てよい、一時間のプログラムの演奏会形式の試験です。
ピアノは暗譜ですから、とても緊張したのを覚えています。選曲は三つの時代以上にわたって、学生が自由に決めます。
ピアノの試験では、どれもわたしが好きだった曲でしたが、余裕をもって弾くことを楽しめず、本当に緊張しました・・・
大学卒業してから、メンタルが強くなったといえば聞こえはいいですが、要するに図々しくなり、演奏会で緊張することは少なくなりました。(と言っても、自分でポジティブにとらえることのできる程度の緊張感は持っています。)
全く緊張しないということは無いんですが、緊張することは減りました。でもやはり演奏会によってはとても緊張することもあります。
所属教会での奏楽で緊張することはほとんどありません。

だから奏楽で緊張する、という方々にお伝えできることがあるとすれば、
「プロでも緊張する、だからプロではない奏楽者たちは、『自分たちは緊張するのは当たり前』」と、まず緊張する状況を受け入れてみては?と思います。
また、「緊張するのは決して悪いことではない」という風に考えられると良いかもしれません。
精神的に、弾き続けるのが困難で、まだ礼拝が終わっていないのに奏楽を途中棄権してしまった、という方は、奏楽するよりもまずカウンセリングに通った方が良いと思いますが、そうでない限りは、耐えられる緊張と思いますので大丈夫と思います。
緊張すると集中力が高まるといわれています。だから緊張して不快かもしれませんが、緊張は悪いことではないんだと自分に言い聞かせてみると良いかもしれません。

弾けるように練習するということも大事なんですが、人前で弾くということについても練習すべき一つの課題だと、学生の時に知りました。どうしても曲だけに注目してその練習ばかりしてしまうんですが、人前で弾くことも練習しないといけないんだと。
今わたしの教会では若い奏楽者を養成中ですが、彼女がオルガンを始めた時から、讃美歌や奏楽曲を弾けるだけでなく「人前で弾く」ことにも意識を向けてもらえるようにしています。
礼拝で弾くのは日曜日だから、曲自体は遅くとも金曜日までに仕上げて、金曜日か土曜日には家族の前で一通り弾いて、聞いてもらうことを勧めています。

あとは、自分の今の能力や、自分がかけることのできる準備時間で間に合わないようなレベルの曲を奏楽で弾かない、ということです。
「ペダル付の曲を弾き続けないと忘れちゃう」と言いながら、ペダル付の曲を毎回派手に間違えながら、または止まりながら弾く奏楽者もいましたが、こういうのは良くないってわかりますね?でも自分のことになるとわかんなくなっちゃうのが人間です、私も含めてですが。
だから、短い、余裕をもって弾けるような曲を選んで奏楽で弾くことをお勧めします。それはご自分のためでもあります。演奏会では自分の成長のために難しい曲にチャレンジするのもアリですが、奏楽はあくまでもそこに集まった会衆から讃美を引き出しリードするため、また神様に捧げるためのものですし、奏楽者自身も一人の礼拝者としての参加がふさわしいわけですから、それを忘れてしまうくらいの難しい曲は、礼拝においてはふさわしくないでしょう。
音大で専門的に勉強した方など、もともと弾く能力が高い人は、むしろ名曲をどんどん弾いて、会衆の音楽的な目を開かせることも大事な役割でしょう。要は、今の自分にふさわしい選曲は、個々によって違ってくるということだと思います。

さて「よく準備したのにみんなの前で弾くと間違える」話について。
これも上記のように、選曲を自分にふさわしいものを考えることで解決できます。
他には、「自分でよく準備した」と思っても、練習中やはりなんらかの見落としがあったのだと思います。
わたしも「練習では間違えたことはなかったのに本番でこんなところでやっちまった!」ってことはありますが、練習でそこを見落としていたんだなと思います。
奏楽者の皆さん、「私は奏楽には向いていないんだわ」と思わないようにしてくださいね。そんなアバウトな反省(?)は何の役にも立ちません。反省するなら「この音型が弾きにくかったんだ、弾きやすい指番号はどんなだろう?」と、具体的に考えてください。

奏楽者のお役に立ちますように・・・

24日、感謝の内に終えることができました

2018年12月24日は午後と夜と、二つ演奏会がありました。
一つ目の演奏会は愛知県芸術劇場コンサートホール新名古屋交響楽団さんとサンサーンスを、二つ目は日本キリスト改革派津島教会でオルガンソロの演奏会でした。
これら演奏会のために一年前から準備してくださった、関係者の方々、ご来場の方々に感謝、またこの機会を与えてくださったキリストの神に感謝です。神と人と教会に感謝の一日でした。

新名古屋交響楽団は東海学生オーケストラ連盟のOBたちが集まってできた団体です。学生オケはすごく上手なので、そのOBたちはますますグレードアップして、プロオケとしても十分じゃないかと思うくらい。レベルもすばらしいんですが、練習にかける情熱がすごいです。わたしも見習いたいところ、教えていただくことがたくさんありました。ご一緒させていただくのは何度目かですが、いつも素晴らしい経験をさせてくださいます。新名響さんとご一緒させていただくことが光栄です。

津島教会も弾かせていただくのは何度目かです。愛知県芸術劇場から津島への移動、余裕~♪と思ったら、目的地まであと500メートルというところで渋滞に巻き込まれました(^▽^;)
でもギリギリ間に合いました!
礼拝では高内先生のメッセージで涙が出そうになりました。わたしたちの少しの貧しさで周りの人たちを幸せにできるかもしれない、キリストが私たちのためにどれだけ貧しくなられたかを知りました。南青山の児相問題が話題になっていますが、お金のある人たちは、自分たちが満足に生活できるのは自分の努力だけでなく周りのお陰だということを知り、それを社会に喜んで還元して欲しいものです。
わたしも自分がどんなことができるか考えたいと思いました。
教会ではその日はオルガンに触る時間はありませんでしたが、それでも良い時間を、集まった方々と共に過ごすことができて、この機会を感謝でした。

二つの演奏会では、オルガンかっこいいとか、響きがいいね、建物も含めての楽器なんだねと感想をおっしゃってくださる方々がいまして、嬉しかったです。
それぞれのオルガンが持てるものを引き出すとか、どのように鳴るかというところを目標にしているので、わたし自身が注目されたいという思いは全くないんですね。「この楽器が素晴らしい」「オルガンの魅力がわかった」という感想は、わたしの目指すところでして、こういった感想を頂けたのは喜びでした。

愛知県芸術劇場コンサートホールで。
愛知芸術劇場 オルガン

2018年12月24日 日本キリスト改革派津島教会 礼拝&演奏会

日本キリスト改革派津島教会
〒496-0038
愛知県津島市橘町2-30-4
TEL 0567-26-4221

2018年12月24日17時30分~18時30分 礼拝
           18時45分~20時 オルガン演奏会
オルガン:加藤千加子

クリックしてチラシをご覧ください
2018年12月24日津島教会

2018年12月24日 愛知県芸術劇場コンサートホール

◆新名古屋交響楽団第14回定期演奏会◆
2018年12月24日13時30分開演
愛知県芸術劇場コンサートホール

チャイコフスキー/「くるみ割り人形」抜粋(お話付き)
サン=サーンス/交響曲第3番「オルガン付き」

指揮:小松 拓人
オルガン:加藤 千加子
語り手:中山 知佳
児童合唱:日進児童合唱団

クリックしてチラシをご覧ください
2018年12月24日芸文

感謝です。

演奏会が終わるたびに思うのですが、こうして弾かせていただけるのは、当日のために準備してくださる方々、ご来場の皆様のおかげだなと。
感想を伝えてくださる方々に支えられていると、会が終わるたびに思います。

ありがとうございます!

2018年12月8日 オーボエ&オルガンコンサート @改革派名古屋教会

2018年12月8日土曜日15時~16時
日本キリスト改革派名古屋教会でオーボエとオルガンのクリスマスコンサートがあります。
入場無料です。ぜひお越しください。

日本キリスト改革派名古屋教会
〒451-0073 名古屋市西区浄心本通り 3-37-1

オーボエ、オーボエ・ダ・モーレ: 田中 文崇 Fumitaka TANAKA
名古屋市立菊里高等学校音楽科卒業後、渡仏。
フランス国立地方音楽院、サン・モール校、セルジー・ポントワーズ校を経てスイスに移り、チューリッヒ芸術大学修士課程修了。
オーボエをトーマス・インダーミューレ、小川和代、ミシェル・ジブロー、ジャン=マリ・ププランの各氏に師事。作曲技法をエリザベス・バロン、フランソア・サンティヴ、音楽理論をディディエ・クーティ、マルク・シュカー、アラン・ベッソンの各氏に師事。
ベルン・シンフォニーオーケストラにて研鑽を積む。
2014年オーボエ・アンサンブル”レーチカ”のメンバーとしてロシア、クラスノヤルスク環太平洋芸術祭に参加

オルガン:加藤千加子


チラシが二枚あります。クリックして詳細をご覧ください。
オーボエオルガンコンサート  教会だより

長老執事お疲れ様です

私が所属しています、改革派名古屋教会は今月から無牧(牧師がいない)になりました。
牧師の絶対数不足、高齢のため引退した牧師が多いので、今までうちの教会の牧師だった人はほかの教会にリクルートされて行ってしまいました。
毎週の礼拝はほかの教会の牧師に説教(仏教でいうところの’説法’です)をしてもらったり、長老が奨励(説教と意味は同じだけど、長老がやるのは奨励と、呼び方が違うのです)して、やりくりしています。
無牧は大変、とよく言われますが、非キリスト教国の日本ではクリスチャンも少ないしその中で牧師になろうなんて人も少ないから、無牧を経験することはよくあることです。
そして「無牧を経験することは教会の成長にとって大事」なんて言われたりすることもあります。
自分たちで教会を回していかないといけない分、大変で、自分たちで教会を支えようという意識が高くなるということなんだと思います。
しかし!
日本のキリスト教会は厳しいなあと思ってしまうよ。
みんな、この世で色々な苦難を抱えて「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。」と言うキリストのもとに集まるために教会に来ているのに、自分たちで教会を支える意識を持つために無牧を経験するのが大事なんてさ。
ただ礼拝に来るだけじゃだめなんかい?ケアされるために教会に来るのはだめなんかい?
高齢者の多い教会では、現役世代の動ける長老さん執事さんの負担がどうしても多くなってしまう。
長老さんや執事さんたちも一礼拝者として教会に来ているということ、ケアされる側の立場であることを改めて考えてしまいました。